【自力と他力で乗り越える】20代独身男性のパニック障害克服体験記 克服編

メンタル疾患体験談
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僕は過去にパニック障害となり2年ほど苦しんでいた時がありました。

ここでは、パニック障害と診断されるところから克服したところまでを記載したいと思います。

この記事は、

  • 現在パニック障害で苦しんでいる
  • 家族友人がパニック障害で苦しんでいる
  • 頻繁に得体のしれない不安や恐怖が頭を覆ってしまう
  • 自分の症状はもしかしてパニック障害かも
  • どうやって克服すればいいんだろう

というような悩みを抱えるあなたに読んでいただき何か前に進むためのキッカケを与えられたらうれしい限りです。

僕のパニック障害についての簡単な説明と、発症のきっかけについては下記記事を参照ください。

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20代中盤で襲った自分の体の異変への不安と恐怖

僕が突然の動悸と呼吸困難の発作を経験したのは、「近しい人の突然の他界」と「自分が命を失うことへの恐怖」を強く結びつけてしまったことが原因と今は考えています。

ただ当時は経験した発作が「心因性のものかも」という考えがなかったため、内科や呼吸器科、循環器内科などを転々としましたが、すべて「異常なし」という結果でした。

それが余計に頭の中に不安を残し、また発作が来るかもしれないことに怯えながら過ごすことになります。

会社を長く休むようなことは無かったですが、日々の生活の中で状況によっては発作が起きることがありました。
危なくなるとトイレに駆け込んで発作をやり過ごすようにしていました。
(ちなみに職場のストレスは大きく感じたということは無いと思っています。)

発作が何度か起きると、周りに人が多くいる環境や電車などのすぐに逃げることのできない環境で発作が来ることを恐れるようになります(予期不安というそうです)。

親や友人にも相談することができず一人で紋々と過ごす日々でした。

仕事中や何かに集中できている状況では何ら問題ないのですが、それ以外の時は常に不安を抱えている状態で夜も眠ることができず寝不足の状態が続きました。

こんな状態がいつまで続くんだろうかと、しばらくは僕から見える世界は刷りガラス越しに見えるようなぼんやりしたものになっていました。

僕の場合、特につらい状況だったのは「夜に床についた時」「高速道路での車の運転」でした。

朝起きたら冷たくなってるんじゃないかと妄想して夜に寝るのが怖い

夜に部屋で眠ろうとするのですが、布団の中で一人でいると

・寝ているあいだに心臓が止まってしまわないだろうか?

・あまりこういうことを考えてばかりだと、本当に心臓が止まってしまうんじゃないか?


などの不必要な心配で不安を煽り、余計に眠れない状況を作っていました。

自分でもこんなことを考えても仕方ないということは分かっているのですが、なぜか強く「死への恐怖」に意識が向かってしまうのです。

そうなると頭の中がパニック状態になり、締め付けられるような感じになります。

それが怖くて、テレビを見たりゲームをしたりして気を紛らわしながら睡魔を待つような生活になっていました。

それでも会社をほとんど休まず(遅刻はありましたが)通えたのは、若く体力があったからだと今は思います。

もし体力や気力が落ちてきている中で長期的な睡眠不足になっていたら、さらに大変だったことでしょう。(これはのちに僕自身、身をもって実感することになります)

質の良い睡眠は本当に大切です。

不意に思いっきりハンドルを切ってしまいそうで高速道路での車の運転が怖い

当時僕が付き合っていた彼女(今の妻です)は、遠く離れた場所にいました。交通機関も整っていないので月に1~2回、片道3時間ほどかけて車で通っていました。

街中の道路だと信号や歩行者、ほかの車に気を付けながら運転する必要があるので運転に集中できるのですが、高速道路は比較的単調な道で速度もほぼ一定なので、どうしても街中ほどの集中力を保つことができません

さらに片側1車線で山の間を縫ったような高速道路という状況もあって「ここで発作が起きたらどうしよう」という不安が現れ、これに耐えながら運転するのは非常に疲れます。


加えて「今ハンドルを切れば谷底に落ちるんだろうな」のような余計なことまで考え始めるようになり、そういう願望は無いですが走行中になぜかハンドルを思いっきり切ってみたくなる衝動にかられました。

当然理性が働くので頭の中でこの衝動と戦うのですが、これもまた大変疲れるもので高速道路を降りる頃には汗びっしょりになるほどでした。

車の中で自分自身に向けてハッパをかけるように大声を出しながら運転していたのを覚えています。

当時の僕は、彼女とのデート中も帰り道のこと(夜の運転を避けたい)が常に頭に残っていたので、お互い楽しめなかったのではないかなと申し訳なく思っていました。


この妙な衝動に理性が勝てなかった時に命を落とす人もいるもかもしれないと思います。

今でも高速道路の運転は好きじゃないですが、今思えばよく無事でいられたなぁと感慨深いです。
(これが愛のチカラなのか!?)

こういう状態の時は、できるだけ一人で行動しないことをおすすめします。

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覚悟を決めて心療内科への通院

前述のような精神的にも体力的にもキツイ状況が数か月続いていました。

そんなある時、テレビ番組でパニック障害について取り上げているのを偶然目にしました。

その内容は僕の症状にかなり近いものがあり、もしかして・・・という思いがよぎりました。

番組では精神科や心療内科での受診を勧めていましたが、幼少からの環境で出来上がった固定観念により精神科への通院は非常に勇気がいることでした。

今はある程度メンタル疾患は認知されてきましたが、過去から当時も含め精神病院にいくヤツは・・・というような憐みと蔑みのようなものを感じることが多い時でした。

僕自身そういう風に考えていた内の一人であったことは事実です。

それでもこの状況を打破するために藁にもすがる思いで近所の精神科を受診することを決心しました。

その後、市内の精神科がある病院に予約を入れ、診察を受けに行くことになります。

初めての精神病院は非常にきれいで、人も少なく独特の雰囲気であったことを記憶しています。

風邪やケガなどのはっきりした症状がないのに病院に行くというのは何とも奇妙な感じでした。

診察室に呼ばれるまでは、不安と恥ずかしさが入り混じった何とも言えない気持ちになった記憶があります。

主治医の先生は、当時の僕からしたら「おじいちゃん」くらいの年齢のように見える先生でした。
まずは僕の症状を伝え、動悸や呼吸困難の発作や得体の知れない不安と恐怖があることを伝えました。

先生は慣れた風な感じで「ふんふん、それで?」といった感じで僕の話に耳を傾けていました。

当時の僕には、本当に親身になって聞いているのか疑問に思うくらいに淡々とした感じであったのが印象に残っています。

僕は先生に対して、

「この病気はパニック障害なんでしょうか?」

と質問しましたが先生は、

「それを聞いてどうするの?」

と淡々と答えます。続けて、

「まあ、そう思うならそういうことにしようか。」

ということで、「パニック障害」ということになりました。


今思えば、これはパニック障害なのかもしれませんしパニック障害ではなかったのかもしれません。
もしかしたら違う病名もしくは、ただの気分の落ち込みだったのかもしれません。

あえて病名を付けない先生なりの会話方法であったのか、本当に病気と呼べるものであったのかは定かではありませんが、とりあえずパニック障害という病名が付きました。

先生はパキシルという薬(後で調べるとSSRIという抗うつ剤でした)を2週間分を処方して、また2週間後に受診するように指示しました。

指示通り薬を服用していましたが、特に良化する気配はありませんでした。

次の受診の時も変わらず淡々と会話をしてまたパキシル2週間分の処方がありました。
本当にこれで大丈夫なのか不安にかられながら服用を続けました。

先生から言われた副作用(吐き気やめまいなど)は特に起こることなく過ごしていましたが、ある時から発作が起こらなくなりました。

ただ、夜寝るときと高速道路の運転については以前と変わらず「死への衝動と恐怖」は付きまとっていました。

この状況が約1年ほど続きました。

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インターネット上の言葉で救われる

通院のなかで、先生は僕が不安に思うことに淡々と耳を傾けるだけでした。
結局最後には、

「大丈夫。こんなもんで命は落とさんよ。考えすぎだ。それよりも若いんだし、もっと遊んで気晴らしせぇや。」

と笑って言うだけでした。
それでも今思うと通院の間隔も1か月になり、不安に対する対処もできるようになっていたように思います。

当時、インターネットが田舎にも浸透し始めたころで僕も家にADSLの回線を引き入れインターネットをするようになっていました。

ネットの世界ではパニック障害やその他メンタル疾患についての情報が溢れていました

これまでテレビや新聞雑誌から情報を得ていたことに比べると、ポジティブな内容やネガティブな内容が溢れており、インターネットの情報量のすごさに感心したことを覚えています。

そこから僕のメンタル疾患に関するネットサーフィンが始まりました。
困った時は検索するという僕の原点ともいう時です。

今になって思うのは、ポジティブ・ネガティブのたくさんの記事があり、どれを選択して参考にするのか閲覧する側の意識も重要だということです。

毎晩遅くまで何度もいろんな情報を読み漁る日々でした。
ネガティブな記事を読んでは落ち込み、ポジティブな内容を見ては気を持ち直すということの繰り返し。

そんなある時、どんなサイト名だったかは忘れてしまいましたが(当時はブックマークしてました)、オルゴールの音色とともに生きていく上でのポジティブな言葉が羅列された癒し系のサイトにたどり着きました。

もう記憶は定かではありませんが、そこには

・人間死ぬときは死ぬ。人生なるようにしかならない

・嫌なことの後には必ずいいことがある


・人には人の自分には自分の特性があり、それはある角度から見れば短所にも見えて、ある角度から見ると長所にも見える。この世でただ一つの個性をもった自分を好きになろう

といったような内容でした。
恥ずかしながらこの3番目の部分が僕の中で心に突き刺さり、「ありのままの自分を好きになろう」、「こんな自分でもいいじゃないか」という思いが湧き上がった時に頭の中を覆っていた黒い霧のようなものが晴れていく感覚をいまでも覚えています。

そこからなぜか一気に死の恐怖が小さくなりました

刷りガラス越しの世界がハッキリと見えるような感覚でした。

意識のなかでは、これまで自分に自信がなかったのでしょう。

「僕は僕のままでいいんだ」

と救われたような気持ちになり、心が軽くなり夜すんなり眠れるようになりました。

これを境に、

・なるようにしかならない
・自分のできることをやればきっと幸せになれる

という意識が芽生えてきました。

そこからの回復はあっという間でした。
薬の減薬を始め、しばらくして寛解(安定状態は長期間維持できる状態)となったのです。

それ以降から現在まで自分のことを好きと思えるようになりました。

なぜあるサイトの言葉が響いたのか分かりませんが、その時の心境やそのサイトの雰囲気などが重なり僕の場合はすんなりと心に響いたということなんだと思います。

自分なりにもがき苦しみ、インターネットの世界を藁をもすがる思いで徘徊しまくった結果たまたま出会ったサイトに救われたのです。

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僕のパニック障害(?)克服のまとめ

以上のように、僕はこのような経緯をたどってパニック障害(だと思われる)を克服することができました。

まとめると以下のようになります。

  • 精神科または心療内科を早めに受診し、医師の指示に従う
  • 自分のマインドを変えるきっかけを求め続ける
  • インターネットの情報ではポジティブな情報を集める
  • ストレスとなった原因を克服する(僕の場合死の恐怖)
  • 自分を肯定し、自分を好きになる

僕以外にパニック障害やその他のメンタル疾患で悩んでいる人の突破口の一つになることができればうれしい限りです。


僕はその後10年以上は自分を肯定して仕事にも精を出して納得いく結果を出し、プライベートでは順風満帆の生活を送っていましたが、人生何が起こるかわからないもので新たな大きな壁にぶつかることになります。

これについてもどのように考えて乗り越えてきたか別途共有したいと思います。

おわり

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